【エシカルノーマル公式】 環境に優しいハウスクリーニング

MENU
CLOSE

Follow us ! ETHICAL NORMAL

facebook instagram Twitter
LINE ハウスクリーニング FC
Contact 電話 LINE

エシカルインフルエンサーに、俺はなる!

新年1発目の記事でいきなり排泄物の話をするのは気が引けるんですが、人生における敗北の1つに、
「入浴後から寝る前の間にトイレ大に行ってしまうこと」
ってのがありますよね。

更に僕はエシカルインフルエンサーを目指しているので、
「入浴直前にトイレ小に行ってしまう」
も敗北なんです。
シャンプーしながら座ってシレッとやってしまえばそこまで衛生的に問題ないし、トイレで流したであろう4~8ℓの節水になるからです(もちろん自宅オンリーの話ですよ)
男性でも小を出し切った後に念のためトイレットペーパーで拭く人がいますが(僕もそう)、その場合は大レバーで流さないと紙が詰まる危険があるため、最大13ℓの水を流すわけで、仮に年に20回、お風呂でもできた小を直前にトイレでやってしまうと最大260ℓの水を節水し損なっていることになります。

「何の話やねん」
「家族がかわいそう」
といま呟いたそこのあなた!
まぁこの小の話は半分冗談ですが、
世界のエシカル事情はもうCo2一本鎗ではなく、実は「気候変動=水問題」になってきてるって知ってましたか?(と言いながら今日はそこを詳しく語る回ではありませんが)

画像
「水がないと泳げない」と書いてあります


エシカルは押しつけじゃない、でもマナーだと思っている

冒頭のような話をすると「押し付けがましい話」に聞こえてしまうと思うんですが、最初に言っておきたいのは僕はエシカルを押しつけるものだとは考えていないし、正しさを振りかざして誰かを裁くための棒にもしたくないし、エシカルという言葉が嫌われる理由の大半は「正しさの出し方」が強すぎることにあると思っています。

ただそれでも僕は、エシカルは
「地球で生きる生命体としての最低限のマナー」
でもあると思っていて、ここを曖昧にした瞬間にエシカルは「余裕ある人の趣味」になってしまうし、意識の高い人だけの上級者向けの遊びになってしまうし、そうなった時点でエシカルは社会を変える力を失ってしまうと思うんですよね(何より環境問題が進むスピードに間に合わない)

マナーというのは完璧を求めるためのものではないし、誰かを裁くための武器でもないし、同じ場所で暮らすための合意みたいなものだからこそ、
「地球は誰かの私物ではなく、僕ら全員が住んでいる家」
である以上、最低限汚さない壊さない踏みにじらないという感覚だけは、少なくとも持っていたいと思っています。

画像
地球が家だとどこに行くにもこのTシャツになります


多様性が正しいほど、時々こわくなる

ここ数年、多様性という言葉は社会を優しくしたし、救われた人も確実にいると思うんですが、便利すぎる言葉は時々思考停止ワードになってしまうことがあって、
「できないのも個性だよ」
「そのままでいいよ」

という言葉が、本当は変わりたい人やできるようになりたい人の意欲の芽を、先回りして潰してしまう瞬間がある気もしてるんですよね。

本人は頑張りたいのに周りが止めてしまうとか、本人は成長したいのに周りが固定してしまうとか、優しさの形をしているけど実は可能性の奪い合いになっている場面を見た時に、僕は多様性を否定したいのではなく「意欲の火だけは消したくない」と思ってしまいます。

そしてこの構造はエシカル界隈も似ていて、エシカルマインドとは本来すごく優しくて思いやり溢れるマインドのはずなんですが、それが厳しさや我慢や正義感と結びついた瞬間に、できない人を責める空気が生まれてしまうし、責められた側は変わるどころか黙ってしまうし、黙った結果としてエシカルは広がらないままになるんですよ。

画像
これが「多様性」ではないってことです

ほとんどの人の中に「エシカルでありたい」は最初からある

僕は「エシカルを広めたい」と言いつつも、
人の中にエシカルを新しく作りたいわけじゃなくて、むしろ最初から眠っている「エシカルでありたい」という気持ちを少し起こしたいだけだし、
ゴミをポイ捨てしたら罪悪感があるとか、
人に迷惑をかけたら気まずいとか、
誰かを傷つけたら落ち込むとか、
そういう感覚の中にもうエシカルの芽は含まれていると思っています。

問題は芽が弱いことじゃなく芽が育つ環境がないことだと思っていて、
忙しすぎて余裕がなく
情報が多すぎて整理が追いつかず
正解が多すぎて身動きが取れない状態のまま、
さらに少しでも間違えたら叩かれるし
知らなかったら責められるし
言葉を選び損ねたら燃えるという空気が重なって、
エシカルが地雷になってしまっているんじゃないかと。

だからエシカルノーマルがやるべきことは「説教ではなく設計」だと思っていて、頑張れと言うことでも意識を上げろと言うことでもなく、頑張らなくてもできる状態を作ること、つまり選ぶ人の人格に依存せずに選びやすい環境を作ることが必要になる・・ってことなんですよね。

画像
説教ではなく設計(意味不明)

津田が刺さったのは「国民の委縮の反動」だと思う

ここで少し話を変えますが、ダイアン津田(呼び捨てはノットエシカル)が「2025年もっとも活躍した芸人」として選ばれた背景には、コンプラやハラスメントという言葉にガチガチに委縮してしまった国民が、ギリギリ言える本音を大声で叫びまくる津田にストレス発散を託した面があるんじゃないかと思ってるんですよね。

みんな言いたいことはあるけど言えないし、
出したい本音はあるけど出せないし、
丁寧な言葉が増えたのに心は荒んでいくし、
表向きは優しいのに裏では何を思っているか分からない・・
という怖さが積み上がった結果、津田の叫びが「この社会で息をしやすい穴」みたいに見えたんだと思う。

また、津田が好感度も高い理由が、
「口は悪いけど口に出している以上のことは思ってないんだろうな」
という安心感があるからで、裏の顔が見えない怖さではなく裏が透けて見える安心感が信用になっているところに、今の時代の信頼の形が表れている。

普段悪態ばっかついてる津田がたまに優しい行動を取った時、「わあっ!」ってなるw
裏がないって、現代社会において最高の信用通貨なんですよね。

画像
裏表しかなさそう

じゃあエシカルインフルエンサーはどうあるべきか

この津田現象を見て僕が思うのは、現代に求められるエシカルインフルエンサー像は、「正しいことを綺麗に言う人」ではなくて、
正しさを語りながらも人間くさい人であり、
未完成のまま語る人であり、
自分も揺れながらそれでも語り続ける人なんじゃないかということ。
正しいことを言うだけならもう世の中にいくらでもいるし、説明するだけならAIでもできるけど、信用されるのは結局「生身が見える人」だと思うんですよ。

エシカルを語る人が嫌われることがあるのは、
正しさが嫌われているからではなくて、「正しさの剣」で斬られるのが嫌だからで、殴られた瞬間に人は守りに入るし守りに入った人は変化から遠ざかる。
だからエシカルインフルエンサーがやるべきは殴ることではなく引き上げることであり、できていない人を裁くのではなくできるようになりたい人を応援することだと思います。

画像
こういうのですね

エシカルは「正義」じゃなく「マナー」で広げたい

僕はエシカルを高尚な理想論にしたくないし、特別な人のための概念にしたくないし、誰かを黙らせる正しさではなく誰かが動きたくなるマナーとして届けたい。
だから、エシカルノーマル。
エシカルを普通に。

みんなの中にある「エシカルで在りたい」を最大限化する発信を、これからもしていきたいのです。

エシカルインフルエンサーに、俺はなる!

やっぱり最後はエシカルな仲間募集!

画像

商品・サービスがコモデティ化してきたことで、ビジネスには今まで以上に「社会的視点」が必要になってきたんだと感じています。

ハウスクリーニング業界をエシカルがノーマル(普通)な業界に改革しようとしているエシカルノーマル。

FC募集を始めて2年ちょい(現在26店舗)、「月に1店の限定募集!」という緩やかな感じで、2026年春までに30店舗を目指しています。

「新しいことに挑戦したい!」
「どうせならもっと世界を良くする仕事を!」
と考えてるあなたへ、「ぜひ仲間になってください!」と言いたい。

実際に声に出すわけではないですが、言いたい。
こっちばっかり言うの恥ずかしいのでそっちから早く言ってきてください。

ご興味がある方はFC向け事業説明動画を見てください!

記事をシェアする

エシカルノーマル-人と環境に配慮したハウスクリーニング > ブログ一覧 > ブログ > エシカルインフルエンサーに、俺はなる!