僕は真面目に3ヶ月に1回、歯医者さんに定期メンテナンスを受けに行ってるんですが、担当の歯科衛生士さんに「本川さん、先月より少し瘦せましたね?」と言われ、「まぁマンジャロMAX(15mg)打ってるんで多少はね・・」と答えたんですが歯茎の話だったみたいで、恥ずかしくてちょっと歯が浮いちゃったんですよね(恒例の冒頭小話)
さて、国力が痩せ続けている日本ですが(無理やり繋げようとしてます)、
一応エシカルノーマルもスタートアップなのでたまに投資家と話すこともあるんですが、その中でTAM、SAM、SOMという言葉が出てくるたびにSAMだけが頭の中で軽快なフロアワークで踊り出してしまい、頭の中がBOY MEETS GIRLなんですよね(大好き)
資金調達の話をしているはずなのに、向こうは投資リターン、こちらは90年代にリターンしているので、そりゃなかなか話がまとまりません(小話Ⅱ)
ちなみに知らない方のために解説すると、この3つは市場規模を考える指標で、需要全体を表すTAM、そのうち自社が提供対象にできるSAM、さらに現実的に獲得を見込むSOMという具合に絞っていくのですが、要は「それ、誰がどれくらい買うの?」という話なんですよね。
もちろん事業をする以上、そこは避けて通れないのですが、「市場はあるんですか?」と聞かれるたびに、僕はちょっと違うことを考えています。
そもそもビジネスは誰かのお困りごとを解決して対価をもらうもので、困っている人が多く、その人たちがお金を払ってでも解決したいと思うなら、大きな市場になります。
そして多くの人が困っていて、比較的簡単に解決できる問題からビジネスになってきたというのが、僕が私淑する山口周さんの言う「問題の普遍性と難易度」から市場を見る考え方です。
お腹が空くから食料をつくり、腐るから保存できるようにし、遠くて行けないから乗り物をつくるという、人類を助けてきたビジネスの積み重ねで、僕たちの生活はここまで便利になりました。
少なくとも食べ物が冷蔵庫にあり、服も家電も一通り揃った暮らしでは、「明日は食べられるかな」より「今夜何を食べよう」で悩み、「服が足りない」のではなく「収納が足りない」で困っているんですよね。
商品やサービスの違いが小さくなって価格競争へ向かう「コモディティ化」がありますが、僕にはこれも、企業が頑張らなくなったというより、みんなが頑張って一定の満足を届けられるようになった結果に見えます。
そんな満たされた人にさらに何かを買ってもらおうとしても、昔のような大きな成長を期待するのは難しいし、「もっと欲しがってくれ!」と人間の方へ注文をつけ始めたら、そもそも何のためのビジネスだったのかですもんね。
じゃあ、次の市場はどこにあるのかと言うと、目の前の人ばかり見ていないで、目の前にいない人のお困りごとを見に行けばいいんじゃね?と思うわけです。
自分の生活で精いっぱいの時に、遠い国で働く人や排水の先の生き物、百年後に生まれる子どもまで心配しろと言われても無理ですが、今日の暮らしが成り立つようになったからこそ、そこまで考える余裕が生まれる。
生活者には「自分さえよければOK・・ではないかな」という余裕が、
企業には「視点を変えなければ次の市場が見つからない」という必要性が生まれ、その両方が出会う場所がエシカル市場なのだと思います。
※余談
「市場のリフレーミング」という視点では、1980年代、当時から圧倒的トップシェアだったコカコーラ社のゴイズエタCEOが経営幹部に、
「我々はまだ人類が口にする水分の1%もシェアを取れていない」って話した・・みたいなエピソードを思い出して戦慄します
たとえば環境問題は、いま起きている被害への対応であると同時に、未来の人のお困りごとを、今のうちに解決する動きでもあります。
経済学には「外部不経済」という言葉があり、取引の当事者ではない人へ、価格に含まれていない損害や負担が及ぶことを指すのですが、僕たちが便利さを受け取り、その後始末を別の誰かに回すこともこの問題です。
これまでのビジネスが「今、困っている人を助ける」だったなら、これからは「まだ困っていない人を、困らせずに済ませる」もビジネスにできるはずで、その人が生まれてクレームを言い出すまで待つ必要はありません。
ただ、ここで過去の農薬や添加物を悪者にして、「オーガニックじゃないと邪道!」と言うつもりは全くなく、作物を病害虫から守る農薬も、食べ物を長持ちさせる保存料も、僕たちの食卓を支えてきた技術です。
散々助けてもらっておきながら、豊かになった途端に石を投げられたら、農薬も「先月までオレ救世主やったやん?」と思うでしょうし、僕も普通にその恩恵で育ってきてますし。
一定の役割を終えた解決策には、悪役として退場してもらうのではなく、「ありがとう」を伝えて少しづつ卒業してもらう・・という態度でいたい。
必要な役割は残しながら、負担を減らせるところから減らしていくことは、過去を否定する行為ではなく、先人がつくった豊かさの先を進化させていくということですもんね。
「エシカル市場」と聞くと、一部の意識の高い人が、少し高い洗剤やオーガニック野菜を買う小さな市場を想像しませんか?
でも、エシカルが「目の前にいない誰かへの影響まで考えて選ぶこと」なら、食べ物、服、住宅、電気、移動、旅行、もちろん掃除まで、ほぼすべての買い物がその対象になるわけです。
新しい商品をもう一個買ってもらわなくても、すでに買っているものをより負担の少ないものへ選び直してもらえばいいので、エシカル市場は既存市場の片隅にあるのではなく、既存市場を丸ごとつくり直せる可能性を持っています。
そう考えると、実はこれが一番大きな市場なんじゃないかと思うし、エシカルを一部の人の嗜好品として捉えること自体が、もったいない見方ではないでしょうか。
「足りないものを増やす市場」が成熟した先に、「足りているもののつくり方や届け方を変える市場」があるなら、経済の伸ばし方も、ただ量を増やすことだけではなくなる。
今まで当たり前だったやり方に異議を唱え、商売で別の選択肢を示す「クリティカルビジネス」は、その市場を開く仕事だと僕は捉えています。
まだ「エシカルだから選ぶ」という人が少ないことと、これからの「選び直し需要が小さい」ことは、全く別の話なんですよね。
とはいえ未来の人へ請求書を送るわけにはいかない(未来の人は過去に送りたくなるでしょうが)ので、「その大きな市場で誰が金を払うねん」という問いは残りますが、僕はその答えも、今ここにいる人たちの中にあると思っています。
環境経済学には「遺贈価値」という考え方があり、自分が直接使わなくても、自然を子どもや孫の世代へ残せること自体に価値を感じるというもので、
難しい名前ですが、要は「自分の代で使い切りたくない」って気持ちです。
僕も四姉妹の父親なので、娘たちには幸せになってほしいですが、教育費を払って将来を応援する一方で、その子たちが暮らす環境の後始末を増やしていたら、何を応援しているのかよく分からなくなります。
環境の未来を考えて苦しくなる「エコアングザイエティ」の話は前にも書きましたが、2021年の10か国・若者1万人の調査では、59%が気候変動を非常に、または極めて心配していると答えています。
未来のお困りごとは、すでに「この先、大丈夫なのか」という、今の人のお困りごとにもなっているんです。
そういう人に必要なのは、さらに恐ろしい未来の話ではなく、「それなら自分にもできる」と思える今日の選択肢で、それを仕事にしていくこと。
例えばエシカルノーマルなら、お客様はまず家をきれいにしたくて掃除を頼むのですが、その掃除代で、家族やペット、作業する人、排水の先の生き物への負担まで減らせるように、洗剤と施工方法を考え続けています。
以前「後エシカル」という話も書きましたが、きれいになるから、家族に安心だから、対応が気持ちいいから選んでもらい、その結果として環境への負担も減るなら、最初から全員にエシカルの勉強をしてもらわなくてもいい。
もちろん未来の人を助ける前に目の前のお客様が汚れ残りで困っていたら本末転倒なので、きちんとピカピカにした上で、その仕事で困らせる相手まで減らしたいわけです。
次に何かを買う時は、値段や性能と一緒に「この先、誰が困らずに済むか」も考えてもらえたら嬉しいし、その答えを選びやすい商品やサービスにすることは、僕たち企業の仕事でしょう。
エシカル市場は、未来の人にお金を払ってもらう市場ではなく、未来の人へツケを残したくない「今の人」がつくる市場であり、僕たちはハウスクリーニング業界から、そこを大きくしていきたいと思っています。
商品・サービスがコモデティ化してきたことで、ビジネスには今まで以上に「社会的視点」が必要になってきたんだと感じています。
ハウスクリーニング業界をエシカルがノーマル(普通)な業界に改革しようとしているエシカルノーマル。
FC募集を始めて3年(現在28店舗)、
「月に1店までの限定募集!」という緩やかな感じで、共感いただける仲間を募集しています。
「新しいことに挑戦したい!」
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こっちばっかり言うの恥ずかしいのでそっちから早く言ってきてください。
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